■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


永井政光建築設計事務所 公式HP  ← 公式HPに移動します。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■






2011年11月28日

建物探訪22(帝国ホテル/フランク・ロイド・ライト)



永井政光建築設計事務所HPはこちら!



[今日の一枚]


IMG_1756.jpg


IMG_1759.jpg


IMG_1757.jpg


IMG_1765.jpg


IMG_1764.jpg


IMG_1766.jpg


IMG_1777.jpg


IMG_1779.jpg


IMG_1778.jpg


IMG_1772.jpg


IMG_1771.jpg


IMG_1770.jpg





 今日の一枚は、建築家の巨匠フランク・ロイド・ライトが設計した 帝国ホテル(中央玄関) です。

 私は、この帝国ホテルを語る上で最も面白いと思っているのは、デザイン面の素晴らしさが目立つライトが、日本という地震の多い国で、いかに日本に合わせた構造デザインに苦慮したか、また、ライトの日本人弟子たちとの、帝国ホテルを建設する際の物語です。

 下記は、ウィキペディアからの抜粋です。少し長くなりますが、興味のある方にとっては面白い内容になると思いますので、そのまま掲載します。



<ウィキペディア抜粋>
 1912年(明治45年)[元号要検証]、当時の総支配人だった林愛作は旧知のアメリカ人建築家、フランク・ロイド・ライトに新館の設計を依頼した。ライトは来日して、使用する石材から調度品に使う木材の選定に至るまで、徹底した管理体制でこれに臨んだ。

 鷲が翼を広げたような巨大なホテルは、実は小部分がいくつも繋ぎ合わされた連結構造になっており、これで建物全体に柔軟性を持たせるとともに、一部に倒壊があっても全体には累を及ぼさない仕組みになっていた。また大規模ホテルとしては世界で初めて全館にスチーム暖房を採用するなど、耐震防火に配慮した画期的な設計だった。

 左から、遠藤新、フランク・ロイド・ライト、林愛作しかしこうした完璧主義は大幅な予算オーバーを引き起こした。ライトはそれでも林との個人的な友情でかろうじて施工の総指揮を続けていたが、1919年(大正8年)に隣接する初代帝国ホテルが失火から全焼すると、新館の早期完成は経営上の急務となり、設計の変更を繰り返すライトと経営陣との衝突は避けられなくなった。さらに当初予算150万円が6倍の900万円に膨れ上
がるに至って、林は総支配人を引責辞任、ライトも精魂注いだこのホテルの完成を見ることなく離日を余儀なくされる。

 ホテルの建設はライトの日本における一番弟子だった遠藤新の指揮のもとその後も続けられた。1年後の1923年(大正12年)、設計から11年の歳月を経てライトの本館は完成、9月1日に落成記念披露宴が開かれることになった。関東大震災が東京を襲ったのは、まさに宴の準備に大忙しの時だった。周辺の多くの建物が倒壊したり火災に見舞われる中で、小規模な損傷はあったもののほとんど無傷で変わらぬ勇姿を見せていたライトの帝国ホテルはひときわ人々の目を引いた。ライトは二週間後このことを遠藤からの手紙で知り狂喜したという。<抜粋終わり>


 

 ライトは、たとえば、ライトの代表作ともいえる落水荘において、デザインだけでなく、例えば構造では岩盤を支持層にしたり、片持ちの巨大なデッキのコンクリートの配筋もある意味非常識なほど強固にデッキスラブのたわみを配慮した配筋にしていますし、設備の大きなコアをを設けて、一箇所に配管を合理的に集中させています。

 ある意味、建築全体をまるで生き物のように大変合理的に、全体を統括して、なおかつデザイン的にも優れている、素晴らしいとしかいいようがありません。



 建築家には学者的なアプローチをする方や、哲学的な思索から創造する方、発明的な発見を軸に設計する方、とにかく機能を重視する方などなど、いろいろなタイプの方がみえるのですが、私的には、ライトは「芸術肌」の天才的な建築家だと思っています。

 そんな天才的な建築家の名作が、愛知県犬山市の明治村にあります。中学校時代の修学旅行ではなんとも思わなかったのですが、実務で設計をしながら訪れると、本当に多くのことを勉強させて頂きました。





場所(移設前):東京都千代田区内幸町1丁目(1890年竣工)
場所(移設後):愛知県犬山市内山1番地  博物館 明治村
作品名 :帝国ホテル ライト館 中央玄関
建築家 :フランク・ロイド・ライト
撮影日 :2009.4.9
フランク・ロイド・ライト のおすすめの本
    : GA TRAVELER Frank Lloyd Wright Elegant Houses 001〜007



永井政光建築設計事務所HPはこちら!


posted by てくてく at 10:35| 愛知 ☁| Comment(0) | 建築探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月27日

建築探訪21(海の博物館/内藤廣)



永井政光建築設計事務所HPはこちら!



[今日の一枚]


IMG_1826.jpg


IMG_1820.jpg


IMG_1819.jpg


IMG_1842.jpg


IMG_1840.jpg


IMG_1859.jpg


IMG_1836.jpg




 今日の一枚は、建築家 内藤廣さんが設計された 海の博物館 です。

 海の博物館は内藤廣さんの代表作の1つで、この作品で日本建築学会賞、第18回吉田五十八賞、芸術選奨新人賞美術部門などを受賞し高い評価を得ました。

 また、内藤さんは、内井昭蔵、仙田満、伊東豊雄、長谷川逸子、富永譲、大江匡ら多くの建築家を輩出した建築家 菊竹清訓さんの事務所にも2年ほど勤められています。



 さて、今回の海の博物館は、内藤さんの建築に対する考えがよく現われた作品です。その1つは、簡素で、シンプルで、合理的で、それでいて無機質にはしない、ということです。

 使用している建築材料は至ってシンプルで、予算が厳しかったのが大きかったのだと思いますが、その限られたありふれた材料を、シンプルな形状にデザイン的に一工夫を加え、現代的でセンスのいいデザインにまとめています。

 また、メインの展示場ホール兼エントランスとなる木の大空間には、シンプルで構造的にも合理的によく考えられた、デザインされた集成材を使っています。

 無垢の木の好きな私自身は、接着剤を使った集成材はあまり好きではないのですが、常識的に考えればこの巨大な空間を造ろうと思えば鉄骨を使いたくなるのですが、内藤さんは、集成材の利点を生かして、木の巨大空間に挑戦して、実現しました。

 また、私が共感するのは、この建物を設計するのに、原寸図も数多く描き、合計1000枚以上もの図面を設計段階で描いたと聞いています。(これは、桁違いに多いです!)

 私は、その内藤さんの設計や建築に対する姿勢の象徴となるのが写真にもある階段によく現れていると思いました。

 よく観ると、手摺柱は一般的な鉄筋で、手摺部のフラットバーに溶接して塗装しただけのようです。おそらく、ここまでローコストな階段はそうそうないと思うのですが、デザイン的にはシンプルモダンで、決して悪くありません。



 世の中には、お金をふんだんにかけた建築も沢山あります。そういった建築にもすばらしいものは沢山あるのですが、でも、お金をかければいいというものでもありません。

 厳しい予算の中でも、建築家の想い、力量次第ではここまでできる、工夫の仕方はいくらでもあるんだ、ということを痛感させられました。

 建築とは何なのか。いい建築とはどうあるべきなのか。

 いろいろな根源的なことを、考えさせられた作品でした。





場所  :三重県鳥羽市浦村町大吉1731-68
作品名 :海の博物館(1992年竣工)
建築家 :内藤廣
撮影日 :2009.4.19
内藤廣 著のおすすめの本 : 構造デザイン講義/王国社



永井政光建築設計事務所HPはこちら!


posted by てくてく at 01:26| 愛知 ☀| Comment(0) | 建築探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月26日

自然素材の家について3/国産の木

[自然素材の家について3/国産の木]



102.jpg


ki1.jpg


ki4.jpg


ki5-3.jpg


k9.jpg


jyoutou2.jpg


jyoutou3.jpg




 自然素材で、無垢の木こだわっている工務店も随分多くなってきました
が、多くは「米松(べいまつ)」などの外国産が大半のようです。

 国産の木の利点は、

 ・四季があり、湿気が多い 「日本の気候」 に合っている。
 ・地産地消に貢献できる。
 ・純粋に見た目が美しい。
 ・特に柱に使う檜は、構造強度的に、ねばりがあって強い。

という点だと思います。

 また、今回は掘り下げませんが、地産地消に貢献することによって、日
本にとって、上記以外にさまざまな利点があります。

 少しずつでも、国産の木を生かした家づくりがスタンダードになるような
社会にしていくことに、貢献していけたらと思っています。
posted by てくてく at 14:36| 愛知 ☀| Comment(0) | 自然素材の家について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

建築探訪20(京都御所(紫宸殿))



永井政光建築設計事務所HPはこちら!



[今日の一枚]


2009_1107_110449-IMG_0880.jpg


IMG_1911.jpg


京都御所2009.4.26.jpg


IMG_1916.jpg


IMG_1915.jpg


IMG_1914.jpg


2009_1107_111043-IMG_0889.jpg


2009_1107_111054-IMG_0890.jpg



2009_1107_111354-IMG_0895.jpg



IMG_1968.jpg




 今日の一枚は、鎌倉時代中期から明治時代初頭まで、歴代天皇が実際に住んでいた宮殿である 京都御所の紫宸殿 です。

 今回の見学は、今上天皇の御即位20年記念の京都御所特別公開を利用して観させて頂きました。

 京都御所は、鎌倉時代中期から明治時代初頭までの歴代天皇が実際に住んでいた宮殿です。

 今回取り上げさせて頂いた紫宸殿(ししんでん)は京都御所内(正確に言えば内裏・だいり)にあり、天皇元服や立子、節会などの儀式が行われた正殿です。

 天皇の普段居住する、同じく京都御所内にある殿舎である清涼殿に対し、紫宸殿は公的な意味合いが強かったそうです。

 ※内裏:古代都城の宮城における天皇の私的区域のこと。




 よく言われることですが、西洋や中国の王様や皇帝の城は、民衆に攻撃されないように、強固な塀や掘りで四方を頑丈に囲ってあるのが常識です。

 それに比べると、日本の皇室の住まわれる京都御所は、外周を囲む土塀がとても低く、その気になれば乗り越えられそうなほどです。

 そのように緩く囲われているにもかかわらず、日本の皇室は『古事記』や『日本書紀』が正しいとすれば、その起源は神武天皇元年(なんと、キリストより古い紀元前660年)に即位した神武天皇から現在の今上天皇まで、2600年以上続いていることになります。
(ちなみに、よく伊勢神宮の御札なんかに書いてある「天照大御神」は、『古事記』『日本書紀』が正しければ、神武天皇の始祖にあたります。)

 私は、実際に京都御所を観て、そのような日本の歴史や起源についても思いを馳せずにはいられませんでした。



 あと、建築的には、京都御所の造りは寝殿造に該当すると思います。寝殿造の詳細は、もしご興味のある方は、以前ご紹介させて頂いた「日本建築史序説/太田博太郎著」をご参照下さい。



 特に私が今回、建築的に注目したのは、紫宸殿の屋根の仕上げです。

 檜皮葺(ひわだぶき)で葺かれています。檜皮葺(ひわだぶき)とは屋根葺手法の一つで、ヒノキの樹皮を用いて施工します。 日本古来から伝わる伝統的手法で、世界に類を見ない日本独自の屋根工法で、多くの文化財の屋根で檜皮葺を見ることができますが、奈良時代頃に仏教建築が輸入され、法隆寺などは燻し瓦で屋根を葺くのですが、皇室関係のメインの建物は、檜皮葺など、瓦を使わない建物が多々あります。

 太田博太郎博士は、これを日本人趣味だというニュアンスで記されています。機能的(雨、火、耐久性など)には、明らかに瓦が優れているにもかかわらず、見た目の美しさ(風流、味わい深さなど)を優先したと思われます。


 そういう、ある種の日本人的ともいえる感覚に、私は強い共感を覚えます。





場所  :京都市上京区京都御苑3
作品名 :京都御所(紫宸殿)
撮影日 :2009.11.7



永井政光建築設計事務所HPはこちら!


posted by てくてく at 09:45| 愛知 ☀| Comment(0) | 建築探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

自然素材の家について2/大黒柱

[自然素材の家について2/大黒柱]

ki5-3.jpg


jyoutou1.jpg



 大黒柱のある家っていいなぁ、って思ったことありませんか?

 私の設計する家には、よく24cm□(8寸)程度のサイズの檜の大黒柱
を設けるのですが、本当に!!存在感抜群でいいですよ。

 しかも、そんなに金額が上がるわけではなく、設計段階で配慮すれば難し
いことではありません。おすすめです!
posted by てくてく at 13:55| 愛知 ☀| Comment(0) | 自然素材の家について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする





■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


永井政光建築設計事務所 公式HP  ← 公式HPに移動します。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■