



先日、北名古屋市商工会青年部の視察研修旅行で、東日本大震災の被
災地の一つである南三陸町を訪れてきました。
瓦礫の処理は、南三陸町ではかなり進んでいました。ただ、津波以前
の景色と比較すると、自然に対する人間の無力さを感じずにはいられま
せん。
一番上の写真は、テレビでもたびたび放映された南三陸町の町役場の
防災対策庁舎です。ご存知の方が大半だと思いますが、24才の女性職
員が「高台へ非難してください」と防災無線で呼びかけ続けていた建物
です。まさか、この3階建ての屋上を2mも上回る津波が来るなんて想
像も出来なかったと思います。
復興も道半ば、政府や被災地域以外の国民の、長期にわたる献身的な
協力がまだまだ必要であると痛感しました。と同時に、数百年単位に大
津波がくる可能性の高いこの地をどのように都市計画すべきか、津波被
害を配慮した自然との共生のあり方が、子々孫々のための大切な課題だ
と思いました。
最後に、東日本大震災における、アメリカ海軍の輸送ヘリの女性機長
の言葉をご紹介させて頂きます。
「ある学校の屋上にSOSの文字を発見した。恐る恐るヘリを屋上に着
陸させた。なぜなら、アメリカを含む世界の諸国では、救援物資を運ぶ
ヘリに、被災者が群がって収拾がつかなくなるからだ。しかし着陸して
みると、年配の男性が一人静かにヘリに近づいてきて、被災者数百人が
いると言った。救援物資を渡すというと、皆静かに列を作って物資をバ
ケツリレーして受け取った。他国にある物資の奪い合いなど全くなかっ
た。そしてもう、ここまででよいと言う。まだあると言って渡そうとす
ると、その男性がきっぱりと断って、他の場所にいる被災者に渡してあ
げて欲しいと、どうしても受け取らなかった。この日本人の優秀さと精
神性の高さは、米軍の公式記録に掲載する。」
私は、日本人であることを誇りに思います。