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2011年12月20日

建築探訪37(閑谷学校(しずたにがっこう)講堂)



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[今日の一枚]


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 今日の一枚は、岡山藩主池田光政によって開設された日本最古の庶民学校である
閑谷学校 講堂 です。

 藩士のための教育施設(藩校)「岡山学校」に続き、岡山藩立の学校として開かれました。建築には32年の月日を費やしており、他に例をみない手間隙かけた質とスケールを誇り330余年の歴史をもっています。

 地方の指導者を育成するために武士のみならず庶民の子弟も教育しました。また、広く門戸を開き他藩の子弟も学ぶことができました。就学年齢は8歳頃から20歳頃までで、頼山陽などの著名人も来訪しました。



 私がこの学校に興味を持ったのは、私が好きな建築家である中村好文さん著の、「意中の建築 上巻」という本で閑谷学校を取り上げたのを読んだのがきっかけでした。中村さんが特に取り上げていたのは、この不思議な石塀についてでした。



 私が閑谷学校を実際に観て感じたのは、江戸時代当時の日本人の姿でした。日本は江戸時代当時、世界でもまれに見る識字率の高い国だったそうですが、その当時は、日本中の至るところに今で言う古本屋があったそうで、農民の間でも、結構本が読まれていたそうです。

 世界的にみれば、読み書きが出来るのは貴族などの特権階級が主の国が多かったらしいので、デフレ以前によく言われていた「一億総中流」という日本の社会は、江戸時代から、一般庶民の勉強するための下地が出来ていたことも影響しているのかもしれません。

 あと、日本の学校のあるべき姿についても考えさせられました。最近は、モダンで斬新な学校も増えてきましたし、いろいろと実験的に教育現場のあり方を試すような学校も多々あるようですが、山に囲われており、静かで美しい景色が広がるこの閑谷学校は、日本にあるべき学校の根っこがあるのではないかという気さえしました。




場所  :岡山県備前市閑谷784
作品名 :閑谷学校 講堂(現在の姿になったのは1701年)(講堂は国宝)
撮影日 :2009.4.29



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posted by てくてく at 01:23| 愛知 ☀| Comment(0) | 建築探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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