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2012年05月08日

建築探訪74(軽井沢千住博美術館/西沢立衛)



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[今日の一枚]


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 今日の1枚は、建築家 西沢立衛さんの設計した 軽井沢千住博美術館
です。

 建築家の西沢立衛さんは、1966年生まれの若手建築家で、プリツカー
賞や日本建築学会賞など多くの受賞暦があると共に、現在、世界を股にかけ
て活躍されています。元々は建築家である妹島和世さんとのユニットSAN
AAで活動されており、その後、西沢さん単独の設計事務所でも今回のよう
に設計活動をされています。ちなみに、建築家 西沢大良さんは実兄だそう
です。

 西沢さんの作風は、新建築などの建築雑誌を賑わしている主流派ともいえ
ると思いますが、菊竹清訓→伊東豊雄→妹島和世・西沢立衛と流れる系図は、
近代建築の建築史的な視点で見ても面白いと思います。

 また、近年では、安藤忠雄さんや谷口吉生さんを初め、上記の主流派の方々
の世界的な建築設計における活躍は目を見張るものがあり、イチローがメジ
ャーリーグで活躍するように、彼らの活躍は同じ日本人として大変嬉しく思
います。



 さて、今回の軽井沢千住博美術館ですが、明るくて軽くて、白くて、床面
や壁面、天井面に生き物のような有機的な曲線が多用してあって、まるで建
物の存在感を打ち消すかのような透明感は、西沢さんらしい建築だなぁと思
いました。

 特に印象的なのは、切符売り場の小狭い空間から、建物内に入ったときの
明るくて、とても開放的な空間とのギャップです。建築家のよくやる手法と
はいえ、今回はよりインパクトがあり、大変良かったです。

 建築には無限の可能性があります。他の芸術分野より、制約条件は遥かに
多く、新しいクリエイティブな建築を具現化するのは大変な時間と労力と発
想力が必要ですが、それでも果敢に挑戦し続ける建築家の作品を観ると、何
かエネルギーを頂いたような気がします。

 私も、日本にとって有益な、新しい建築を目指していきたいと思います。



場所  :長野県軽井沢町長倉塩沢815
作品名 :軽井沢千住博美術館(2011年竣工)
建築家 :西沢立衛



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posted by てくてく at 14:49| 愛知 ☁| Comment(0) | 建築探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月06日

建築探訪73(軽井沢の山荘/吉村順三)



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[今日の一枚]


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 今日の1枚は、建築家 吉村順三さんの珠玉の一品である、軽井沢の
山荘
です。

 この軽井沢の山荘は、私が大学時代からずっと、一番好きな建築でした。

 実際に観れて感無量で、はるばる軽井沢まで観にきて良かったです。写真や
図面などを何度も見ていたので、大体この建築のボリュームやイメージは出来て
いて実際に観てそんなにイメージと違う点はありませんでしたが、やはり実際に
観るとリアルに自分の実作と比較できるので、今後に生かせそうです。



 この辺りは旧軽井沢銀座周辺で高級別荘地となっているので、大きくて立派な
別荘が数多く建ち並んでいるのですが、この吉村さんの小さな山荘は、87.7u
(増築前)しかなく、材料も特別高級なものを使っているわけでもありませんの
で、周辺の高級別荘を対極的です。この軽井沢の山荘は、伊勢神宮にも通じるよ
うなシンプルで簡素な美を堪能でき、吉村さんの建築に対する考えや哲学を実感
することが出来ましたし、その考えや哲学にあらためて共感することができまし
た。

 この建築は、吉村さんの師匠ともいえるレーモンドの設計した軽井沢夏の家に
似ている箇所が多々あり、設計のよりどころとしたような気がしますが、吉村さん
独自の箇所や、敷地条件に合わせたであろう箇所もたくさん伺えます。




 具体的にこの建築を観て感じたことを、少し書かせて頂きます。

 まず建物の配置です。アプローチから見上げるようにそして、少し斜めに配置
されています。寺院の伽藍配置もそうですが、この建築も、人のアプローチを配
慮して、見栄えのする角度で、計算ずくで上手に配置されています。

 あと、基礎コンクリート(1階の壁を兼用)の高さです。これは吉村さんが
たびたびやられる手法ですが、特に別荘建築で、湿気対策も考慮するとかなり
実用的だと思いました。2階の外壁の木部は大分痛んでいましたが、やはりコン
クリート部分は耐久性が抜群です。片持ちのポーチ部分も、コンクリートだから
こそ、それだけのスパンを飛ばせて、本当に無駄のない、効率的な空間づくりで
した。

 あと、屋根形状です。これ以上にないくらいシンプルな方流れの屋根で、水勾
配も十分取れており、軒も90cm以上出ているので、コスト的にも、デザイン
的にも、漏水対策としても理に適っています。
 多くのハウスメーカーや建売の家だと、屋根に谷ができていて、長い期間で考
えると漏水の原因になりかねないですし、モダンな庇を出さない建築ですと、端
部の納まりをシンプルでかっこよくしようとするほど漏水のリスクが高くなって
しまいます。某日本建築学会賞を受賞したモダンな建築も漏水したそうですし、
機能とデザインとコストのバランス、両立というのは悩ましい問題ですが、吉村
さんの建築は実用性を優先しつつ、デザイン的は十分に配慮しつつ華美にはさせ
ない、まさにこれこそ王道だと、私は思います。



 この建築は、本当に見所が多くて、平面プランも、断面計画も、絶妙に配置され
た人間の個々の臓器のように無駄がなく、実に見事に出来ています。また、ディテ
ールも見所満載で、木製建具の納まりは言うまでもなく、例えば階段の踏板に
6mmの勾配をつけていたりなど、実務のプロも唸りたくなる箇所が満載です。


 この軽井沢の山荘を一つの目標として、今後も質の高い家づくりをしていきたい
と思います。



場所  :長野県北佐久郡軽井沢町
作品名 :軽井沢の山荘(小さな森の家)(1962年)
建築家 :吉村順三



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posted by てくてく at 13:28| 愛知 ☀| Comment(0) | 建築探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月28日

建築探訪72(メソン・カレの模型/アルヴァ・アアルト)



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[今日の一枚]


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 今日の1枚は、建築家 アルヴァ・アアルトの設計事務所内に飾ってあった、メゾン
・カレの模型
です。

 メゾン・カレは、実際にフランスに建てられた、アアルトが設計した代表的な
個人住宅の一つで、TOTO出版の「アールトの住宅|10Selected Houses」と
いうアアルトの写真集のトップを飾った建築です。

 この家は本当に見所が満載で、特に感銘を受けたのはディテールとデザインです。

 ディテールで特に注目したいのは軒樋の納まりです。上記のTOTO出版の本に
実際の図面も詳しく掲載されていますが、かなり精密な原寸図も、設計図として描か
れていて、軒裏と軒樋が一体に感じられるように、むしろ外観デザインとして無く
てはならない、と思えるようなレベルまでかっこよく軒樋がデザインされています。

 また、デザインで注目したいのは、いわゆる正面にあたるファサードだけでなく、
どの方角から観ても、それぞれ違った魅力的な表情をしていて、ここまで洗練されて
いると、おそらく偶然できたというよりは、よく練って計算ずくでつくり上げていっ
たのだと思います。プロポーションの美しさや白、茶、グレー、黒の配色のバランス、
複雑な造形から生み出される陰影の豊かさなど、アアルトの感性のよさを堪能できま
す。
 おそらく、複雑であってもデザインが破綻していない、むしろ美しいと思える最大
の原因は、屋根をシンプルにしていることが上げられると思います。これは、名建築
といわれている建築にわりと共通していることだと思います。


 コルビュジェのサヴォア邸の約25年後、ミースのファンズワース邸とほぼ同時代
に竣工したメゾン・カレは、コルビュジェやミースの建築よりは複雑で、いわゆるル
ネッサンス建築のような比例による静けさやシンプルさはありませんが、石や煉瓦、
木の構成がかなり計算されていて、部分部分をとると、それぞれの部材がまるでモダ
ンアートのような大胆でシンプルな構成になっています。

 今回は実際の建物ではなく模型だけでしたが、アアルトの凄さ、力量を改めて実感
することが出来ました。



場所  :フィンランド ヘルシンキ郊外(Tiilimaki 20FIN-00330 Helsinki)
     (スタジオ・アアルト内)
作品名 :メゾン・カレ(模型)(1956-1959)
建築家 :アルヴァ・アアルト
撮影日 :2011.4.16



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posted by てくてく at 19:57| 愛知 | Comment(0) | 建築探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月26日

建築探訪71(アトリエNo.5/白井晟一)



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[今日の一枚]


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 今日の1枚は、建築家 白井晟一さんが設計したアトリエNo.5 です。

 この建築は、私が3年間勉強させて頂きました「木組ゼミ」という木造伝統工
法の勉強会の会場のすぐそばにあって、外観だけですが、見学した時の写真です。

 白井晟一さんは、「今日のてくてく」でたびたび登場することからもお分かりの通
り、私の好きな建築家のお一人で、実作はあまり多くないのですが白井さんの設計
した建築の近くを訪れた時にはなるべく観るようにしています。

 この建築は、元々画家のアトリエとして設計されており、現在は白井晟一研究所
として使われています。

 木造の住宅設計が得意な建築家特有の、軒や屋根の低い、落ち着いた佇まいで、
何と言っても外壁に使われている肉厚で幅広で重厚感のある木が、白井さんさしい
なぁと思いました。


 さて、白井さんの建築観として名高い文章に「縄文的なるもの」があります。下
記はその文章ですが、私が白井さんの建築に共感する根っこは、そういった白井さん
の哲学にもとづいた創作活動をされてきたからだと思います。ちょっと分かりにくい
文章ですが、参考までに掲載させて頂きます。



「縄文的なるもの−江川氏旧韮山館について」
「私は長い間、日本文化伝統の断面を縄文と弥生の葛藤において把えようとしてきた。
一建築創作家としての体験である。
日本建築伝統の見本とされている遺構は多く都会貴族の書院建築であるか、農商人
の民家である。江川氏の旧韮山館はこれらとは勝手が違う建物である。茅山が動いて
きたような茫漠たる屋根と大地から生えた大木の柱群、ことに洪水になだれうつごと
き荒々しい架構の格闘と、これにおおわれた大洞窟にも似る空間は豪宏なものである。
これには凍った薫香ではない逞しい野武士の体質が、優雅な衣摺れのかわりに陣馬の
蹄の響きがこもっている。見物人がためつすがめつするような視覚の共鳴をかち得る
美的フィクションはどこの陰にも探せない・・・。
私はかねてから武士の気魂そのものであるこの建物の構成、縄文的ポテンシャルを
感じさせるめずらしい遺構として、その荒廃を惜しんでいた。」




場所  :東京都中野区江原町2-25-2
作品名 :アトリエNo.5
竣工  :1952年
建築家 :白井晟一



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2012年04月25日

建築探訪70(旧北村邸/北村捨次郎+吉田五十八)



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 今日の1枚は、京都の名工 北村捨次郎 と、吉田五十八賞で有名な建
築家 吉田五十八 の設計した旧北村邸です。

 京都の名工 北村捨次郎棟梁の最後の仕事がこの北村邸で、昭和19年に竣工
しました。古い建築にも関らず、現代人の目で観ても素晴しく、こてこての和風
建築というよりは、北村捨次郎棟梁の抜群のセンスがいたるところで光っていま
す。

 そして、この旧北村邸の増築部分を設計したのが巨匠である建築家 吉田五十八
さんです。吉田五十八さんが単なる数寄屋建築が得意な建築家と違うのは、海外に
行くのが困難だった時代に、アメリカやヨーロッパの旅に出て、海外の生の建築に
触れてきたことによって、当時は過去の建築様式でしかなかった数寄屋造の近代化
ということを一つの目標にすることが出来たことだと思います。下記は、そのこと
に関するウィキペディアの抜粋です。


  1894年、太田信義(太田胃散の創業者)とトウ(銅)の間の5男第8子として
  東京日本橋に出生。 <中略> 1925年、学生時代から心惹かれていたドイ
  ツ、オランダのモダニズム建築を見るため、兄の援助を受け、ヨーロッパ、ア
  メリカへ旅に出た。しかし、この旅行中に吉田が強い感銘を受けたのはモダニ
  ズム建築ではなく、ヨーロッパ各地に残るルネサンス建築、ゴシック建築とい
  った古典建築であった。このヨーロッパの古典建築との出会いが吉田の建築観
  を大きく変えることとなった。吉田はこれらの古典建築をヨーロッパの伝統や
  民族性が前提にあるからこそ作り得たものであり、日本人である自らには到底
  作り得るものではないと考えた。そこで、日本人である自らにしか作り得ない
  建築とは何かを考えるうち、当時は過去の建築様式でしかなかった数寄屋造の
  近代化に注目した。自らの建築の方向性を定めた吉田は中断していた設計業務
  を再開すると、縁故関係の依頼による仕事などをこなしつつ、日本の伝統的建
  築について勉強を始めた。  <抜粋終わり>



 吉田五十八さんは私の好きな建築家の一人なのですが、何が好きなのかというと、
伝統は大切にしながらも独自の優れた感性で家づくりをしているところです。

 以前、東京の成城にある、同じく吉田五十八さんが主屋を設計した東京猪股庭園
に見学に行ったことがあるのですが、これまた素晴しい建築&庭園でした。
 桂離宮を観たときのような、とにかくセンスがいい!としかいいようがないよう
な、趣きのある落ち着いた感じでした。(細かい分析は、長くなるので別の機会に
させて頂きます。)



 ただ単に、昔の日本建築を勉強して模倣すのではなく、昔の伝統を基本にしつつ
も、現代という時代の感性に合った建築を目指している私としては、吉田五十八さ
んの「志」に強い共感を覚えます。
 理想とする建築は違いますが、やはり初心である「志」はいつまでも忘れずに設
計活動をしていきたいと思います。



場所  :京都府京都市上京区河原町今出川南一筋東入ル
作品名 :四君子苑(旧北村邸)
建築家 :北村捨次郎+吉田五十八(増築)



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